2008年8月31日日曜日

恩師の教え

思い返せば今から20年前、ハルマタンの砂埃に霞むダカールYoff空港の海風を含んだ生温い風に包まれてタラップを降りたのが私にとって最初のアフリカの土でした。それからいろいろあって、今でもダカールにこうしているわけですが、それは忘れられない恩師のおかげです。
その頃私は大学を出たての青二才で、仕事のやり方なんて何の経験もないのにそれでも貧しいアフリカのために何かしたいという志だけはある若造だったのです。青年海外協力隊員としてセネガル政府の機関に配属されて、何もかもが新しい経験でしたが、それを「新しい経験」としてなかなか受け入れることができず、進まぬ仕事にイライラし、任地に嫌で絶望的なイメージしか見いだせないでいました。
今考えると、ただ自分が視野の狭い人間で、若い協力隊員が陥りがちな一種の拒絶反応だったのだと思いますが、その頃は必死だったわけです。
その恩師はダカールに出てきて事務所に会いに行くといつでも快く時間を割いて、際限ない私の愚痴に耳を傾けるだけでなく、全く私の考えつかなかったような提案をして、盲を開いてくれたのです。
私は大学時代映像制作をしてシナリオなども書いていたのですが、このストーリー構築という技術はあのときマイナスの影響しか及ぼしていませんでした。つまり、1つの因果律に拘束されたストーリーしか見えなくなっていたのです。「ここはこうでなければならないのに、そうなってないからダメだ」という考えです。そして、それは最終目的であるはずもなくただ1つのステップに過ぎないわけで、そのステップの次の次のステップは見えてなかったのです。恩師は、それを少し離れた場所から眺め、視点を変えて俯瞰にしたりアオリにしたりして、もっと大きな絵を私に見せようとしてくれたのです。
次第に私自身がそういう見方をするようになりましたし、そうなると複数のシナリオを考え出してそれを複合させたり逆にたどったりしながら柔軟に対応ができるようになったのです。そして現地の人とのコミュニケーションや相互理解も進んでお互いに気持ちよい形で仕事をし、生活をしていくことができるようになりました。
今考えると、恩師の教えというのは単に仕事だけにとどまらず、「生き方」全体の教えだったのかな?と思います。そして、何をするにもその教えを思い出すのです。
現状を単に否定しない・・・目の前の現実は止まることなく変わり続ける永遠のトランジションなのだということ。その中では現実の問題に対処する以上に、少し先を見据えていくつもの考えられる「可能性」を探り出し、複数のシナリオを組み立てるのが必要であること。否定からはなにも始まらないこと。現状あるいは相手を受け入れて尊重し、それが持つポテンシャルを引き出してやるのが最良の方法論であるということ。失敗は生きていく上で避けて通ることのできないことであり、失敗を恐れるのではなく、ベストを尽くした上で失敗を認めること。また、失敗はすべての終わりなのではなく、新しいストーリーのはじまりだということ。
そう考えると、自分の前にずべての可能性、すべての道が開かれていくのです。

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