2008年7月31日木曜日

UIという罠


コンピュータはどんどん進化して機能としてはどれも似たものになってきています。その中で差別化をはかろうとしてやっきになって新しいUIが開発されています。iPhone/Touchのタッチスクリーンをはじめ、MSのSurface、そしてこのSurfaceを球体に投射したものまで登場。まるで魔女の水晶玉です。また、二次元のスクリーン内に3Dのデスクトップを表示するCompiz-Fusion。そして最近Apple関係の噂サイトを賑わしているのが次世代Appleラップトップに搭載されると言われているガラス製のトラックパッドです。

しかし、新しいUIにはかなりの確率で罠が待ち受けています。それは実際には使いにくくなってしまうという罠。例えばCompiz-Fusionですが実際にはSpacesの方が使いやすいと思います。キューブにして回すこと自体には意味がない。むしろそれを展開して全部表示するSpacesの方が使い勝手がいいのです。魔女の水晶玉なんか、何の意味があるのかわかりません。UIの悪い夢を見そうです。

iPhone/TouchのUIは成功していると思いますが、それはあのサイズと目的のデバイスに搭載されているからですし、iPodだけの機能を見ればClassicの方が操作性は上だと思います。またSMSを打つなら普通のケータイの方が打ちやすい。その言ってみれば不便さを補って余りあるタッチスクリーン操作の快感と魅力があるから、このUIは成功しているのだと思います。

またUIの失敗例としてOLPCのSugar UIがあると思います。Sugar UIは子供が直感的に使えるために特別に開発されたUIですが、あまりにも野心的すぎて汎用のUIとかけ離れたものになってしまい、かといってちょっと動かすと中身は普通のLinuxだったりするのでその不完全さばかりが目についてしまう。これなら、まだMacのシンプルファインダーの方がUIとして子供にも大人にも受け入れやすいものだったのではないかと思わざるを得ません。

反対に成功しているのはNintendo DSとWiiでしょう。これらはゲーム機らしい遊び心にあふれたフレンドリーな操作感がある上に、DSはダブルスクリーンというハードの特性を生かしたUIになっています。またWiiはモーションセンサーつきのリモコンで操作するという特性を生かしたものになっている。しかしDSもiPhone/Touchと同じで、あのサイズのハードに依存したUIだと思います。DSが成功しているからと言って17インチのダブルスクリーンなんてものを出してしまった日には、悪夢が待っている。
同じことが「ガラストラックパッド」にも言えて、ここをスクリーンにするのではないかという予想があるのですが、これは極めて使いにくくなると思うのです。なぜならトラックパッドを操作するとき、あるいはキーボードを操作するとき、基本的に目はスクリーンを見ています。もっと正確に言えばスクリーンのポインターのある位置を見ています。決してトラックパッドなどは見ていません。これをトラックパッドに何か映し出すことで、視線の移動を強制すればこれは使いにくくなること必至です。また、トラックパッドは少なくとも指がその上に来るものですから、その部分が隠れてしまうことを考慮に入れる必要もあります。iPhone/Touchの操作が楽しいのは、あのサイズで、メインスクリーンを直接触るからです。

メインスクリーンをタッチパネルにして使いやすいのはせいぜい7 inchから大きくても9inchくらいまでだと思います。それ以上になると手の移動が大きくなって、もともとのトラックパッド&キーボードよりも使いにくくなると思います。また、タッチスクリーンのキーボード(キータッチのない平面)も慣れの問題かもしれませんが、操作性は良くないと思います。このサイズという点でも実はNetBookはいい位置につけているんです。ちょっと大型のDSみたいな感じ。ただ、ポインティングデバイスは概して使いにくいですね。Eeeのは小さいだけでまだマシですがCloudbookのはほとんど悪夢です。
その話を突き詰めていくと1ボタンマウスと2ボタンマウスの話になってしまうのですが、ホイール付き2ボタンマウスは私もとても使いやすいと思います。MSが開発したそうですが、見事です。特にMacOS上ではすばらしい。しかし、Windowsになると?な点が出てきます。左クリックは選択、起動で右クリックはコンテクストメニュー表示と決まっているわけです。普通のアイコンやアプリケーション上では問題ないのですが、メニューバーではビヘイビアが変わります。なんと左クリックが効かなくなるのです。しかし、メニューバー上のオブジェクトはアイコンではなく、ボタンなはず。左クリックでメニューを展開させるのが普通だと思うのですが・・・

とにかくUIはかなり奥が深いものです。

2008年7月29日火曜日

デジタルディバイド


元々、デジタルディバイドとはコンピュータリテラシーの度合いのことだと言われていました。しかし、今日的なコンテクストにおいてはもはやそうではありません。
そもそも、コンピュータリテラシーとは何なのかがどんどん変わっています。20年前ではMS-DOSやBasicがわかることだったのでしょう。でも今、こんなものを使う人はもういませんし、コンピュータを普通に使える人ならコンピュータリテラシーがあると言っていいでしょう。
別にTerminalでコマンドラインが打てないとダメとかJavaがわからないとダメというわけではない。
数年前にセネガルでは職業訓練分野が自由化されたようで、情報処理系の私立校が雨後のタケノコのようにできました。しかし、これらの学校で教えるのはWordとかExcelとか、そのあたりだけなのです。CYVOGUEでスタッフ募集をしたときも、応募してきたほとんどの人がWord&Excelができるけど、HTMLなんて聞いたことのない「情報処理系校出身者」だったのです。ネットカフェの運営にはWordやExcelなんてできても何の役にも立ちません。もちろん、できないと困ることも事実ですが・・・
小規模ネットワークの管理をしたり、ネット関係の知識がないと絶対にダメです。

しかし、そういうのを教えてるのはここではCFPTくらいなもので、CFPTにしてもアマドウを見ているとどうもWindows偏重、ソフトウェア偏重な気がします。だから、Ubuntuの話をしたりSaasやクラウドの話をするとびっくりしています。
今日的なデジタルディバイドとはこういうことなのだと思います。

片や、ネットで情報収集し、Webアプリを使ってブログを発信し、iPhoneやiPodで音楽を聴き、SkypeやIMで通信するのが当たり前。
片や、Virusを拾っておかしくなってしまったWindowsを日に何回も再インストールしてWordやExcelで書類作り。

そして今日的なデジタルディバイドの根本的な原因、それがネットインフラの差なのです。
ネットワークにより提供されるサービスの恩恵に浴することができるかどうかがカギを握ります。

言ってみればネットにつながった1台のコンピュータは、ネットにつながってない10台のコンピュータよりも重要なのです。

アフリカのインターネット基盤


インターネットは基本的には有線の技術で、ケーブルがつながっていることによってそのサービスを利用できます。日本と北米、そしてユーラシア大陸の間もたくさんの海底光ファイバーケーブルによってつながっています。
アフリカのこの海底ケーブル事情はというと、ヨーロッパから西アフリカ、ギニア湾とバスコ・ダ・ガマの航海ルートでアフリカ大陸を周回し、喜望峰を回ってマダガスカルに抜け、インド洋を横断するケーブルがまずあります。(私の記憶が正しければ2本あるはずです。)それと、ダカールではヨーロッパから南米大陸へと大西洋を横断するアトランティスケーブルの中継基地にもなっています。
ダカールがインターネットに恵まれた立地条件にあるのはこのことによるものです。また、ギニア湾岸諸国でも海底ケーブルに接続されている国と接続されていない国があります。アビジャン(コートジボワール)、アクラ(ガーナ)、コトヌ(ベナン)、ラゴス(ナイジェリア)、リーブルビル(ガボン)、それにドゥアラ(カメルーン)は接続されていますが、そのあとはルアンダ(アンゴラ)、ケープ(南ア)に飛んでしまいます。
アフリカの東海岸は10年前くらいまで海底ケーブルがなく、空白地帯のようになっていたのですが、エジプトから紅海を経てアラビア半島を周回するケーブルから、南アに伸びるケーブルができて、良くなっているようですね。
世界のインターネット海底ケーブル地図はココで見てください。

また、海のない内陸のマリ、ブルキナファソ、ニジェールなどはインターネット事情が良くないであろうことは容易に想像できます。現在、ニジェールはUNDPなどの協力によってベナンのコトヌから光ファイバを引き、ニジェールではADSLによるブロードバンド接続ができるそうです。(しかし、かなり不安定という話。)しかし、ケーブルが引かれる前に主流だったのは衛星インターネットでした。これにも種類があって、パラボラを設置して直接衛星と通信する方法が1つ。これは非常に高価で国連機関などでないと手のでない価格でした。もう1つは、通信会社がパラボラを設置し、ローカルなレベルでは他の通信方法を使うもので、Afripaという会社がニアメでは提供していました。このAfripaという会社は西アフリカのあちこちにあって、かなり謎な会社です。で、Afripaと契約するとパラボラではなく、アマチュア無線のようなタワー型のアンテナが立ちます。これとAM電波で通信するのです。
また、ベナンでは海底ケーブルは来ているものの、国営の電話会社のサービスが極めて悪く(というかほとんど機能していない)、電話を引いてもらうのに半年とか1年とかかかってしまうので、ADSLなどの普及する地盤がない国もあります。前に一度話したFirstnetも、多分上流は衛星で、Afripaと違うのはアンテナがAfripaのものより非常に小型で、ほとんどUHFのテレビアンテナくらいしかないこと、そして値段がかなり安いことです。それでも、例えばダカールのADSLのように現地の中流家庭が手を出せる値段ではありません。

このあたり、まだディジタルディバイドの根は深いわけで、これはコンピュータリテラシーより先にネットインフラが改善される必要があるわけです。

2008年7月27日日曜日

セネガル相撲(レスリング)


仏語ではLutte Traditionnelleというこのスポーツはここ数年でセネガルで一番人気のスポーツになりました。その前はサッカーだったのですが、2002年のFIFAワールドカップ韓国日本大会をピークに人気が低迷、それとともに成績も落ち目になってしまっています。その頃、セネガル相撲(レスリング)界では、Mohamed NDAO "Tyson"がその2mを超す長身と相撲取りとは一線を画すルックス、特徴的なヘアカットでそのカリスマ性を全開、一挙に国民的スターに躍り出たのです。私も昔スポーツ用品店ですれ違ったことがあるのですが、とにかくデカかったです。さらにTysonは乳製品会社や文房具会社とタイアップ、日本ばりにキャラクター製品まで出していました・・・Tysonの写真のついたノートとか・・・ドレミマリちゃんとかのノリですが今までセネガルでそういうことをしたスポーツ選手はあんまりいません。(サッカーのナショナルチームのはありました)
で、Tysonはその後Bombardierというムブール出身の若いレスラーに倒された後、急速に人気が衰えてしまうのですが、Lutteそのものは次々と新しい選手が登場し、活況を呈しています。
最近のスターはYekiniで、彼は一昨年あたりにチャンピオンに上り詰め、昨年はTysonと待望の顔合わせを行い、Tysonを倒しました。Yekiniは2000年頃通っていたスンベジウンの近くのジムで土曜日の朝に時々会いました。60kgのバーベルを担いだまま50回くらい連続ジャンプしてました・・・
Lutteはそれほど組織化されたスポーツではなく、年間の行事が全部決まっているわけでも、本当のセネガルのチャンピオンが誰なのかも実ははっきりしません。人気が出たレスラーの試合をプロモーターが随時プロデュースしているように見えます。

実はCYVOGUEのすぐそばにあるStade Demba DIOPはこのセネガル相撲のメインスタジアムになっています。昨年まではメディナのIba Mar DIOPで行われることが多かったのですが、今年はもっぱらこっちで試合が行われているようです。

伝統的"Traditionnelle"というだけあって、このセネガル相撲(レスリング)はスポーツ的側面とアフリカらしいおまじないやダンスを組み合わせたエンタテイメントです。メインの試合自体は長くて5分とか、短い時は数十秒で終わってしまうものなのですが、その前にだいたい2時間くらいの前置きや前座があります。前座は若い駆け出しのレスラー達の試合が組まれていたり、やせっぽちのコメディアンがレスリングをやるお笑い系もあります。前置きの方はたいがいスター選手が大きな四駆やベンツを乗り付けて入場し、そこでレスラー本人が一番前、同じジムの他のレスラーたちがだいたい6〜9人、おそろいのTシャツ(スポンサーのロゴつき)を着て、のっしのっしとダンスを披露します。100kg級の巨漢がグループで踊るダンスはそばにいると地響きがしそうな迫力です。ダンスが終わるとおまじないタイムに入ります。これはよくわかりませんがいくつかのプロセスがあります。レスラーは試合中でもたくさんのグリグリを腕、胸、腰、足首などに巻き付けていますが、それをタムタムを叩いてる人のところに持って行くというのと、なんかミルクの入ったような白い液体を頭からかぶるということをするようです。これが終わった後やっと「土俵入り」になります。試合自体はとてもシンプルでお互いに向き合い、手を犬かきのように動かしてタイミングを読み、仕掛けたらがっちりと組み合うか、技をかけます。また、プロのLutteでは叩くのもアリです。そして転ぶか、肘と膝4つともついてしまったら負けです。試合が始まると実況が入ります。これが聞いていると笑ってしまうのですがほとんど実況の半分くらいはライラーイララーを連呼します。これを速くしたり遅くしたりして試合の盛り上がりを伝えます。テレビならまだしもラジオだったらなんだかわかるはずないという気がします。

YouTubeにたくさん動画が上がっているので興味のある方はココで見てください。またAu Senegalの紹介ページはココです。
今日の夕方は今シーズン最後の試合があるようなので、見ておこうと思います。

追記:今終わりました。今日のメインイベントはYekini vs Balla Beye 2でした。結果は持ち前の安定感と力でYekiniが、多少体重が軽くテクニシャンのBalla Beye2を持ち上げて倒しました。

ガーデニング

停電してる時、ヒマなので庭いじりをしました。この家には広い庭はなく家の建物のまわりと塀との間、2mくらいのせまいスペースを庭にして楽しんでいます。うちの従業員のムサは本業が庭師なのでこういうときにとても便利。「これこれこういう風にしたいんだけど」と相談するとそこを準備し、花を買ってきてちゃんと植えてくれます。しかも、彼の手にはなにかパワーがあるらしく、私が何度植えても失敗したようなものでも彼の手で植えるとちゃんと育つのです。
今回はFrangipanier(Plumeria Rubra)とジャスミン、それとシトロネル(レモングラス)を買ってきて植えてもらいました。
フランジパンはバリ島なんかによくある木で、数年前に友達を訪ねて行ったときにウブドで泊まったホテルIbahのシンボルになっていたので、欲しいなと思っていたのですが、先日近所のお菓子屋にドーナツを買いに行ったときその向かいにきれいに咲いてたのを見てしまって・・・どうしても欲しくなってしまったのです。この木はニジェールにも思い出があって、当時借りていた家には小さなプールがあったのですが、そのプールサイドにこのフランジパンの木があって、休みの日の午後なんかにプールにプカーっと浮かんでいると、この花がいい香りをさせながら流れてくるんです。結構強い木なので、多分問題なく根付くと思いますが、今後楽しみです。お値段は6000FCFA(約1500円)でした。

ジャスミンはつる植物なので壁の横に植えました。これから針金かなにかで伝わせるものを作る必要がありますが、つぼみがすでに2つもついてるのですぐに咲きそうです。ムサによると「オリジナルじゃない」というので調べてみたのですが、ジャスミンと呼ばれるものはたくさん亜種があるようで、ムサの言うオリジナルとはJasminum sambac(マツリカ)のことなのでしょう。確かに花や葉の形が違いますし、ジャスミンは茎が赤がかったような色だった気がするのですがこれは緑です。値段は2000CFA(約500円)

あと、シトロネル(レモングラス)ですが、これは見た目はススキにそっくりで雑草みたいで見栄えはしませんが、葉を触るとレモンのいい匂いがします。ダカールなどで中華/ベトナム料理を食べて食後に飲むのはジャスミン茶かこのシトロネルのお茶とだいたい決まっているのです。また、これを飲むと蚊にさされないという話もあります。そういえば、セネガルで売ってる殺虫剤Yotoxもこの臭いです。シトロネルは料理にも使えます。鶏の脚や七面鳥の手羽先の下に敷いてオーブンで焼くとおいしいレモンチキンができます。

他のヒマつぶしに漆喰塗りもやっているのですが、それはまた別記事にします。

オープンソースとインターネット

相変わらず長時間停電の毎日が続くダカールです。
聞く話によるとガーナのヴォルタ湖の水力発電にも問題が生じているようで、ガーナ、ベナンなども慢性的な停電が生じているようです。

さて、現在オレゴン州ポートランドではOSCON(O'Reilly Open Source Convention)が開かれており、オープンソース界の大物がキーノートスピーチを披露、Arstechnicaなどでリポートされています。
この中のMark Shuttleworth氏のスピーチのレポートを読みました。マークシャトルワース氏は南アの大富豪でUbuntuの創始者です。彼が言うには現在のWeb 2.0世代の成功を収めている企業はすべてオープンソース系の技術をコアにしている、というものです。そしてそのオープンをさらに拡張していかなければならない、というのが基調。

でも考えてみればインターネットそのものがオープンソース技術の上に成り立っているのです。Webサーバも電子メールのシステムもデータベースも全部そうです。そしてオープンな基幹部分にいろんな肉付けをして商用OSやサービスが成り立っているにすぎないのです。
それを象徴するのがMacOSだと言えます。MacOSはプロプライエタリなOSですが、そのコアシステムはFreeBSDをベースにしたDarwinです。(UbuntuではここがLinuxカーネル、ということになります。)そこにApple独自のライブラリなどのシステムがあり、デスクトップ環境としてのFinderがあります。(このあたりがUbuntuではGnomeにあたります。)で、MacOSのWebsharingに使われているのがApatchサーバ、Winとのファイルシェアリングに使われているのがSambaサーバ、画面共有に使われているのが先日話したVNCになります。
言うなればMacOS(やUbuntu)はオープンソースのブロックを組み上げたLEGOのようなものなのだと思います。
MacOSのように明確なわけではありませんが、Windowsもかなりの部分でオープンソースの技術を取り入れているはずだと思います。
また、UbuntuなどのLinuxディストリビューションにおいてはアプリケーションもすべてオープンソースのもので構成されているのが特徴です。付け加えるならこれらのアプリケーションはたいがいMacOSやWindows用に移植されています。

これらを考えると、今日的なITテクノロジーというものはほとんどがオープンソースの力なのです。そしてオープンソースが生み出したメディアがインターネットであると言えると思います。

2008年7月25日金曜日

Netbookへの懸念?

NY Timesのこの記事です。
OLPCが先鞭をつけ、ASUSTEKが切り開いた後、その成功に乗っかって他社が次々と新製品を投入するNetbook市場に、老舗PC大メーカたちが懸念を表明している・・・というのですが、このあたりそれらのメーカの体質を見事に表しているようで面白い。

その一方で、じわじわとMacが売れているらしいです。
これまでWinベースのPCやラップトップが売れたのはなぜだったのか、これらの大メーカは忘れてしまったのでしょうか?

それは「安いから」に他なりません。

そのために大幅に値引いて量販店で売りさばいたわけです。それに、その「安さ」で対抗するNetbookが今までは部品メーカー、パーツメーカーであったASUSTEKなどが入り込んだからといって、それを懸念するというのはいかがなものでしょう?
むしろ、それは健全な競争であるという気がします。
安さでシェアを獲得した後はブランドや付加機能などで売るタイプの戦略に移行しているようですが、本来の自分たちの支持基盤というものを忘れちゃったのでしょうか?
反対に最初からブランドで売っているAppleにこの戦略では一日の長があるのはあたりまえです。なんと言っても、他の大メーカが安売りに汲々としていた時代からブランドのビルディングをやっているわけですから・・・

しかも、モデルを絞ることによって非常においしい価格帯に仕上げている。今、一番C/Pの高いラップトップは間違いなくMacBookだと思いますし、デスクトップならiMacでしょう。しかも、どうしてもWinが使いたければBootCampして両方使えるわけだし。
で、2台目サブノートは?といえば安いNetbookに目がいくのは当然の帰結なのだと思います。それかiPhoneにしたり、Touchという選択肢もあるし。

今のWindowsノートは高すぎると思います。例えばSONYのVAIO Tとか新しいVAIO Zとかですが、確かにデザイン的に惹かれるものはあるし、モノとして欲しいという気はします。しかし、MacBook Proと同じかそれより高いし、中古でさえMacBook Airの新品が買えてしまう。それなら素直にMBP/MBAを買おうと思います。かと言って安いWindowsノートは買う気のおきないようなデザインだし・・・
言ってみれば作る側の都合がデザインや価格において常に優先されている。全然ユーザの立場に立ってない気がするのです。(ユーザの立場に立っているのがド派手なカスタマイズパーツだとしたらそれは間違った認識だと思います。)

そうなったらもうブランドだの言ってられません。安いものがマーケットを制覇するのは当然です。しかも、PC界を裏で操るMSがLinuxが普及してしまう懸念から「人気のXP」を安くこれらのNetbookに搭載することを許してしまったのです。
こうなってまで大手PCメーカがMSと運命を共にしようとするその姿勢の方がかわいそうに思えてきてしまいます。
VAIOなんかVistaじゃなくてUbuntu Studioをプリインストールして5万円くらい値引きすれば売れると思うんですけど。

iPod TouchのバッテリとWiFi

最近、停電が多いため、WiFiのAPも電源が切ることが多いのですが、そうするとiPod Touchのバッテリがものすごく早く消費します。全然使わないで眠っている状態で24時間たつと満タン→ほとんど空に・・・
ということで、TouchのWiFiをOFFにすると、ほとんど消費しなくなりました。
同様のことがMacでも起きます。
ただし、WiFi APが動いてるとそれほど消費しません。多分、TouchもMacもWiFiをONにしてDiscoverableの状態だと、近くのアクセス可能なAPをスリープ状態でも探し続けるんじゃないかな、と思います。

ということで、近くにWiFi APがなく、使わない時はWiFiをOFFにする方がいいみたいです。

所変われど・・・


今週はもう2回も朝8時から午後3時くらいまでの長い停電がありました。燃料も順調に値上げされ、さらにガス(ここではブタンガスのボンベを買って調理用などに使うのが普通です。)も市場から消えたまま3週間。さらに追い討ちをかけるように市場から米が消えました・・・ここでは一般米の小売価格は政府が決めているのですが、それが不当に安すぎるとして商人が米を市場から引き上げたのです。

そんな市井のうずまく不満や膨れ上がる社会不安をよそに・・・

ワッド大統領は上院(Senat)の権限拡大にご執心。
そりゃ、政治が仕事ですから自分の仕事をしているだけと言えば言えないこともありません。
しかし、大統領になった当初とは全く違う人間になってしまったとしか思えません。ワッドの支持基盤は年寄りの権力者の仲良しグループによるなれあいの政治に嫌気がさした民衆だったはずです。だから市井でこういう不安が高まったりした場合、彼はすぐに出てきて対策を講じたものです。その積み重ねによって大統領への信頼は高まったのです。それはもう、パフォーマンスとしてもやりすぎじゃないか、と思うくらいに彼は有能だったのです。
しかし・・・もう政治家としての先が見えている今、彼は自分が倒し、取って代わったはずの権力者に驚くほどそっくりになってしまったと思います。
最近の民衆のかかえる問題と政治の乖離ぶりはもはや別の世界に生きているとしか思えないほどです。

2008年7月23日水曜日

アフリカの生き残り能力


世界一の経済大国アメリカで爆発したサブプライムローン爆弾が欧州や日本を巻き込んで、原油や食料が高騰し全世界の経済が停滞している現状は、もともと世界経済の中で立場の弱いアフリカの民衆をさらに弱体化させています。
そして、もっと悪いことに「経済発展のお手本」がなくなっちゃったともいえるのです。今、勢いを保つのは中国やブラジル、インドといういわゆるBRICS諸国です。今までアフリカがお手本にしてきたのはなんと日本経済で、特にセネガルのワッド大統領なんかはそれを公言していました。しかし、その機を読むのに長けているワッド大統領がいちはやくセネガルに誘致したのは日本企業ではなくインドのTATAでした。これを見てもアフリカが決して経済でトップに躍り出ることはほぼありえないかわりに、破綻することなく低空飛行のまま、しぶとく生き残るであろうことは予想できます。

そもそも、今回のサブプライムにしても結局は日本で起きた不動産バブルと同じ構造の失敗が繰り返されたのだと思います。では性懲りもなくなぜ同じ失敗を繰り返すのか?
それは「数字を信仰している」からです。数字は正しい、数字は必ず実体を表す、数字は万人にアピールできる指標だということを妄信していたからにすぎません。もちろん、これは民主主義の根本である選挙システムの信憑性をベースにした信仰なのですが、信じるのに値するのは「足し算」に限った話なのだということを忘れがちです。
数字は基本的に操作可能なものですし、裏に人間の意思が働けばいくらでも別の結果を生み出せるものです。日本の不動産バブルも米国のサプライムローンもそうやってもともと少ない資産をものすごくあるように見せかけてカネを集めたわけです。それこそ、巧みなかけ算と割り算を駆使して・・・

最近、南部アフリカのジンバブエでインフレ率が220万%に達したという発表がありました。その数字はショッキングですし、実際にジンバブエでモノの値段が上がっているのは事実でしょう。しかし、実際はジンバブエの人たちは集団自決をするわけでもなく、暮らしを続けている。どうしてそんなことが可能なのか?
それは、ジンバブエのインフレなるものが自国通貨に換算して計算されているから、なのです。むしろ、暴落しているのはジンバブエの通貨そのものであって、消費者物価が基軸通貨(例えば米ドル)に対して純増しているわけではないと思います。もちろん、これにおいてもかなりのインフレになっていることは間違いないと思いますが、220万%というのはないと思います。
そして、その裏に見えてくるのが、このインフレでバブルな利益をむさぼっている連中がいるということ。そしてこんなメチャクチャな数字が国際社会に発信されても平然としている大統領とかその周辺がそれに絡んでいるのではないかという当然の憶測。
通貨カードを切るのは外貨の流入と流出をコントロールできる立場にいる人たち以外にいないのですから。
そして、このような状況が生み出すのがヤミ金融であることなど、アフリカで暮らしたことのある人間なら誰でも知っていると思います。

それでもアフリカは生き残るのです。
多分それは、すべての商品作物を栽培できなくなっても、全然カネがなくても、この豊かな土地では食いっぱぐれることがないからかもしれません。